KFA > KFA ニュ?ス > ニュ?ス
イン?ビュ? / コラ?
preview page next page list page  print
[日本語オリジナル]ホン・ミョンボインタビュー後編
[ 2008-04-04 ]
韓国サッカーの未来への責任を語ったホン・ミョンボ
●韓国五輪代表の可能性と日本五輪代表へのエール

8月に開幕する北京五輪。韓国五輪代表の実力とその可能性がとても気になるところであるが、ホン・ミョンボは次のようにチームを分析している。

「技術と戦術理解度は高いことに変わりはないが、一番に足りないのは経験。その経験が足りないからこそ、好不調の波が激しく、苦しい状況に直面すると自力で打開できない場合があるね」

しかし、悲観的になっているわけではない。経験はこれからいくらでも積める。

「経験の積み重ねが選手たちを成長させ、チームを強くする。アジア予選では終盤に苦戦したけど、それを勝ち抜いたことでチームは成長したし、1月のスペイン合宿を通じてチームとしてのまとまりも高まった。北京五輪本番までに特別な強化日程が取れないのがもどかしいが、彼らが自分たちの実力を十分に発揮すれば、北京五輪でも良い成績が残せると信じている」

その北京五輪には日本も出場するが、ホン・ミョンボにとって日本五輪代表を率いる反町監督や井原コーチは現役時代をともにした仲。

それだけに日本五輪代表を意識しないこともできないだろうし、避けて通れない相手でもある。そんな日本の五輪代表についてどう思っているのだろうか。

「日本五輪代表とは親善試合で2回、練習試合で1回対戦したけど、選手たちの能力は高く、チームとして目指す方向性も伝わってくる。たしか『人とボールが動くサッカー』だよね。反町さんや井原さんにはかつては現役時代を一緒した仲間として、同じアジアの仲間として、互いに良い成績を残そうとエールを送りたい」


●柏レイソルへの愛情と日本での思い出

その言葉の節々から伝わってきたのは、日本はライバルであると同時に、良きパートナーでもあるというホン・ミョンボの“想い”だったが、彼が一際強い愛着を寄せるはJリーグ・柏レイソルでもある。

「日本にいた時は、選手として最高の日々だった。もちろん、言葉や文化が異なるので日本の生活に適応するまでには苦労も多かったけど、レイソルではタイトル獲得という最高の結果も得られたしね。苦労した分だけそれに見合う喜びも手にできたのだから、日本での日々は忘れられないよ」

その中でもホン・ミョンボが今でも忘れられないのが、1999年のジュビロ磐田とのナビスコカップ準決勝だ。当時、J最強だった磐田を相手に終了間際に同点ゴールを決めたのがホン・ミョンボだった。絶対に負けられない試合での同点ゴールは、彼の頭の中に鮮烈に記憶されているのである。

「あのときの興奮は鮮明に覚えているね。それともう一つ、レイソルを離れるときにクラブが用意してくれたセレモニーも忘れられない。サポーターへの感謝の気持ちと名残惜しさが同居したあのときの出来事は、今もしっかりと私の心に刻まれている。柏レイソルは私がもっとも情熱を注いだクラブであり、今も愛着があるよ」

そう語ると、ホン・ミョンボは日本生活での思い出についても語ってくれた。

「日本生活で恋しいのは、例えば自動販売機だね。街の至るところに自動販売機があって、のどが渇いてもいつでも気軽に飲料水が買えた(笑)。食べ物だと、やはり牛タンだね。特に柏市内にある、行き着けの焼肉レストランの牛タンは最高だったね。レイソルのチームメイトたちとも、よくそこに集まって食事をしながら親交を深めた。もちろん、今でもレイソル時代のチームメイトとは頻繁に連絡を取り合うし、私が日本に行くとサツ(薩川)などかつての仲間たちが自然と集まって迎えてくれる。本当にありがたい、そして生涯の友人たちだよ」

普段のポーカーフェイスには珍しく、にこやかで嬉しそうな表情のホン・ミョンボ。
そんな彼に、レイソル時代の指揮官で彼が今でも恩師のひとりと慕う西野朗監督がガンバ大阪を常勝軍団にしてここ数年の評価が一段と高まっていると伝えると、ホン・ミョンボは当然じゃないかと言わんばかりの表情で、冗談ぼく言い放った。

「ここ数年じゃないだろ(笑)。西野監督はレイソル時代から有能な監督だったじゃないか。ガンバの現在は西野監督なら当然のことだと思うよ」


●ホン・ミョンボが語る韓国と日本の現在と未来

ホン・ミョンボはJリーグの現在について語ることも忘れなかった。

「浦和がACLを制覇したことでも示された通り、Jリーグは継続的かつ着実に発展していると思う。日本時代も感じたが、日本にはサッカーを体系的に発展成長させる基盤が整っている。たとえばサッカーそのものを楽しむ文化だ。サポーターたちも、たとえ応援するクラブが負けても激励を送るほど、クラブとサッカーに強い愛着を持っている。それは、日本サッカー界全体がそうした環境作りを地道に取り組んできた成果だと思う」

それは実際にJリーグを経験した者だからこそ知り得た日本サッカーの長所であり、その長所を日本で目の当たりにしたからこそ、現在の韓国サッカーの問題点も口にせずにはいられなかった。

「そんな日本に比べると、韓国ではまだまだ勝利至上主義が横行し、真にサッカーを楽しむ土壌が出来上がっていない。当然、サッカーが面白くないから、スタンドは空席が目立ち、サポーターたちもクラブや選手たちに愛着を持てずにいるのだと思う」

ホン・ミョンボのこの言葉は、韓国サッカーの現状を変えていきたいと心から願っている裏返しでもある。だからこそ、彼はあえて自国のサッカーに苦言を呈し、自国の“負の遺産”を少しずつ取っ払って改革を進めようと指導者として努力しているのだ。

「日本ではユース育成システムも整っている。そのシステムのもとで、次々と良い才能を輩出しているだろ? 日本サッカーはこの10数年で飛躍的な成長を遂げたが、今後もその発展路線は継続していくはずだ。そうした日本の取り組みと成長を韓国も参考にし、見習わなければならない部分は見習う必要があると思う」

具体的にはリーグや各クラブの運営、ユース育成、指導者教育など様々な分野で変化が必要だと強調したホン・ミョンボ。
しかし、現場を預かるコーチとして一番感じるのは、「悪い結果の原因を精神力や体力の欠如で片付けてしまうことだ」という。

「精神力や体力ばかりに着目する安易な試合分析ではなく、戦術的な問題、選手の配置とポジショニングの反省点、さらにはチーム作りの段階でどこに課題があったのかなど、より詳しく具体的に分析する必要があると思う。韓国サッカーも、精神力や体力ばかりを強調する時代にそろそろピリオドを打たなければならないと感じている」

“精神力”と“体力”。それは韓国サッカーの伝統的長所でもあるが、その伝統へのこだわりをあえて捨て、韓国サッカー界に新たな価値観をもたらしたいとホン・ミョンボは考えているのかもしれない。

その道のりは決して平坦ではなさそうであるが、現役引退しても今なお強いカリスマ性を放つ彼ならば、韓国サッカー界に新しい風を吹かすことができるような気がする。

実際、ホン・ミョンボの韓国サッカー改革はすでに始まっている。

04年に現役を引退したあと、彼は自らの資金で立ち上げた『洪明甫奨学財団』で、将来有望なジュニアユース選手の援助やサッカー教室を開き、毎年クリスマスには新旧スター選手を集めたチャリティーマッチを開催して、社会福祉活動にも積極的に参加しているのだ。

「サッカー選手は社会にも貢献できるということを世に示したいし、実際に社会福祉活動に参加することでサッカーのチカラを感じる。たとえばチャリティーマッチでの収益金を寄付することで、命を助けることができた子どもたちがいるんだよ。そのような子どもたちの姿を見たときに、やってきて良かったと感じるし、サッカーというスポーツが持つ可能性の大きさを感じずにはいられない。私は選手として多くの声援に支えられたが、今度は私が韓国サッカーに恩返しする番だし、社会に貢献する番なんだ。そうした気持ちをいつも忘れずに、今後もあらゆる事柄に最善を尽くすことを約束する」

現役時代はアジア最強のリベロとも称されたホン・ミョンボ。“永遠のキャプテン”は、その胸に秘めた次なる使命感を静かに燃やしながら、韓国サッカーの未来をしっかりと見据えている。(後編おわり)

(取材・文=慎 武宏)

priview page next page   Print all list